ケンと シロと そしてチビ 第13回
土手沿いに連なる真っ赤な桜並木に負けじと、赤く染まったいわし雲の夕焼け空から、西風がざわざわっと吹いてきた。すると、めいめいの木々はその赤さを競うようにして、次々と赤く色づいた葉を川面(かわも)に降らせる。葉は、くるくるんと回ってから、やがて音もなく流れに乗る。夕焼けに染まった川の赤い中、そのまた赤い小舟は、揺られてどこまで行くのだろう。小舟は、1艘、また1艘と、旅立って行く。
俺さまは土手の下、祠のすぐそばの河原で、小一時間もずっとこうして、この桜の葉の旅立ちに見とれちまっていた。きっとじじいも、こんな風景を何度となく見てきたんだろうなぁ。
(いけねえ、いけねえ。
ちょっとだけのつもりが、だいぶ日が落ちてきちまった。
さっさと桜の葉っぱを拾って帰らねえと、じじいにどやされるぞ。
そう考えるとじじいがあんまり元気が良いってのも、
へへへへ、こいつは考えものだな)
俺さまは、苦笑いをしながら家路を急いだ。じじいへの土産の真っ赤に染まった桜の葉をくわえて。
「もう、じれったいのう、チビもシロも!
お前さんらは、全くわかっとらん」
いったい どうしちまったってんだ?土手から帰った俺さまが、いつものように南天の木陰から覗いてみると、じじいの小屋の前であの仲良し2人組が、言い争いをしてやがるんだ。しかも、じじいがやけに力を込めて力説してやがるんだよ。
「わかってないのはじいさん、あんたの方だよ。
昔と今じゃ、時代が違うのさ。
もっとスマートに考えられないかなあ」
おや?こいつも珍しい。シロときたら、じじいに食って掛かってる。
「何を言っちょる!
そんな言葉は、根性なしの腑抜けの言うことじゃ。
昔も今も真理はひとつ、根性あるのみじゃ」
根性あるのみ?ははあん、こいつら歩行練習の練習方針で揉めてやがんだな?でも、この勢いなら じじい、いつ歩き出たってもおかしくない迫力だぜ。
「じいさん、そんな時代遅れな。
そんな錆付いたようなアナクロな精神論じゃ、
大きな目的は成就できやしないよ。
現代社会では、分析とそれに対する戦略。
これが肝心なんだよ」
おいおい。今日のシロは、いつものスカしたシロとは一味違うぞ。じじい相手に一歩も引きやしない。ところが、一方のじじいだって、まさに絵に描いたような頑固爺そのものときてる。
「いいかシロ。
そんな、もやしみたいなインテリ風を吹かしてたら、
出来るものも、出来んようになってしまうわい。
この頭でっかちめが!」
(あんだけ世話を焼いてもらってるってのに、
そこまで言うかい、じじい)
しかしこいつらったら、お互いが真剣過ぎるんだな。まるで噛み合っちゃいない。無意味で不毛な論争をいつまで続けるつもりなんだろう?こんな無駄なことやってんなら、早いとこ実戦練習した方が、いいんじゃねえのか?ははあ、そうか。お互い、引っ込みがつかなくなっちまったんだな?となれば、まぁ、結局頼りになるのは、俺さまってこった。仕方ねえなぁ。愛すべき馬鹿な頑固者ふたりのために、俺さまが一肌脱いで仲裁を買って出てやるとすっか。
俺さまは南天の木陰からぴょんと飛び出すと、まだ睨み合ったままのふたりの間に割って入った。
「まあまあ、ふたりとも、もうちょっと落ち着けって。
お互いの言い分もあるだろうが、ここはひとつ冷静になってさ、
お互いの歩み寄りって奴も必要だぜ、なあ」
じじいはゆっくりと、シロはすばやく、ふたりがいつものように時間差で俺さまに向き直ったんだが、これがまた、ふたりとも なんとも厳しい顔つきだ。
(な、何だぁ?なにか、様子がおかしいぞ・・・)
「チビったら、何をそんなに悠長に構えてるんだい?」
「全くじゃ。主役のお前がそんなにのんびりしてて、どうするんじゃ!」
はあ?俺さまが主役?なんの主役だよう。あんなに熱くなってたのって、じじいの歩行練習の話じゃねえのかよ?
「ふ、ふたりとも、何言ってんだ・・・?」
じじいは、情けないとでも言いたげに、ため息をついてからこう言った。
「知らぬが仏とは、このことじゃ。
チビ、お前が片思いしちょる、あのミケにのう、
駐在んとこのトラキチが、プロポーズしおったんじゃよ」
え――――っ!な、何だってえ?俺さまは、頭をバケツでぶん殴られたような衝撃を受けて、同時にクラクラッと眩暈を覚えた。
「僕が裏の庭先を通りかかった時、偶然聞いてしまったんだよ。
だから、これから作戦を立てようってじいさんに言ってるのに・・・」
「いいかチビッ!」
じじいは、シロの言葉を遮ると、ふにゃふにゃに脱力しちまった俺さまを抱き寄せた。そして、じじいは、信じられないくらいの力強さで、こう言い放ったんだ。
「遅れを取ってしまった恋はじゃな。
1に攻めて、2に攻めて、3、4がなくて、5に攻める!
これが鉄則、王道。いいか?死ぬ気で突撃じゃあっ!」
さしもの理論派シロも、この迫力には口を挟むことが出来ない。俺さまは、じじいの大きく開かれた鼻の穴を、ただ見つめ続けていた。
《つづく》
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