ケンと シロと そしてチビ 第9回
「じいさん ダメだよ、ご飯残しちゃ。
そんなんじゃ僕は、世話係クビだよ。
チビにこの家から出てけって言われちゃうよ」
あの日の俺さまの提案以来、シロの奴ったら、そこまでするかっていうくらいじじいの世話を焼き続けてる。シロからしてみれば、今までのただの「犬小屋の居候」から、自分がここに居させてもらう為の仕事、「じじいの世話係」に、言わば昇格したわけで、それがいくら建前であったとしたって、随分とじじいにもものが言いやすくなったんだろう。
俺さまの立場からしてみても、
【シロの監視役の飼い猫の俺さま】
↓
【じじいの監視役の野良猫のシロ】
↓
【役立たずの番犬のじじい】
という序列が分かりやすい図式として成立するわけで、これは実に気分がよろしいわけだ。
「そうは言ってもなあ、シロ。
腹が減らんもんは、しょうがないじゃろ」
「それって、きっと、運動不足なんだよ。
春には土手の並木までで歩いて行って
満開の桜の下、花見をするんだからさ。
じいさんだって満開の桜、また見たいだろ?
だったら、まずは、立つ練習からはじめないとね」
「チビも、シロも、そうは言うがのぉ。
わしは、もう歳じゃし、土手までなんてとっても無理じゃよ」
じじいったら、あれ以来 飯はそこそこ食うようにはなったけれど、ちっとも歩こうとも、立とうとさえしやがらねえ。弱気なだけで駄々をこねるじじいなんて、可愛らしくもなんともねえや。俺さまはそれまで、いつもの南天の木陰からシロの仕事振りを監視していたんだが、我慢できずに飛び出しちまった。
「やい、じじい!
飯食ってばかりで運動しなけりゃ、
太っちまって余計に立てなくなるだろうが!」
じじいはノロノロと、シロは素早く、ふたりはいつもの時間差で俺さまの方に振り返った。
「おや、チビか。相変わらずじゃのう。
いるんなら出て来ればいいのに・・・」
「チビ、キミからも言ってやってくれよ。
じいさんったら、ちっとも歩く練習をしないんだよ。
いや、それどころか立つ練習さえ、
あの日の翌日に1回やったきりなんだぜ。
キミがいつも見てる通り、決して僕が
歩く練習の係りをサボってるわけじゃないんだよ」
ちぇっ。 こいつらふたりして俺さまがいつも南天の木陰で見てること、知ってやがったのか。でも、こんなにスレちまったじじいに言うことを聞かせようってなら、正攻法だけじゃ駄目さ。トーサンの好きな浪花節でも言ってたろう?押しても駄目なら引いてみなってね。
「シロ、お前もちょっとは頭を使ったらどうだい?
馬鹿正直にじじいに文句ばかり言い続けたって、
逆に嫌気が差すってもんだろう?」
シロの奴ったら、キョトンと俺さまの方を見てやがる。じじいも、これからいったい何が起こるんだろうって、不安そうにしてる。俺さまは、背後に隠しているモノを後ろ手で確認して言った。
「じじい、いいか?
今日はあんたが、どうしても立ち上がって
歩きたくなる代物を持ってきてやったぜ。
ほうら、こいつだ」
俺さまがだいぶ見えなくなっちまったじじいの目の先に差し出したのは、1枚の葉っぱだった。
「おぉ、こいつは」
「こ、黄金色の葉っぱ?」
「そうさ。
さっき土手の桜並木から拾ってきたのさ。
もう、すっかり土手は黄金色だったぜ。
どうだい? じいさん!
これでも歩く練習、やりたくねえか?」
「う〜ん。形はかなりぼんやりしちまったが、色ならわかるぞ。
うん、この色じゃよ。綺麗じゃぁ。
去年は見られんかったから2年振りかのう、懐かしいなぁ」
じじいが、感動してじいっと見つめ続けている。ところが俺さまは、その鼻先の葉っぱをサッと取り上げちまってそのまま犬小屋の屋根の上に、ぽいっと放り上げた。
「チ、チビ、何をするんじゃ。
わしが懐かしんで見てるってのに、
な、なんて意地悪を・・・」
「へんっ、甘えるのもいい加減にしろ。
小屋の屋根の上なんざ、立ち上がりさえすりゃ、いくらでも見えんだろ?
俺さまはこれから毎日、土手から葉っぱを拾ってきちゃあ、
小屋の屋根に順番に並べてってやる。
黄金色からだんだんと真っ赤に変わっていく葉っぱをな。
じじい、それがどうしても見たいってんなら、
毎日立ち上がって、そいつを見ればいいんだよ、いいな!」
「なるほど・・・」
シロが感心したように俺さまを見ている。どうだい、このアイデア。最近の俺さまは、冴えてるなあ。でも、少しばかり眠くなってきちまった。じじいをどうしたら立たせられるか、夜通し考えてたからなあ。この後、少しばかり昼寝をさせてもらうとしよう。
《つづく》
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