ケンと シロと そしてチビ 第8回
俺さまの肺炎がようやく治った頃、土手の桜並木の葉が少しだけ色づき始めてきた。秋もいよいよ本番と言ったところだ。
この辺りってのは、市街地からかなり離れてる山間(やまあい)の部落なんで、そろそろ朝晩の冷え込みがきつくなってくる。特に今朝の冷え込みは、この秋1番、かなりのもんだった。こんな朝、家のないシロは、さぞかしこたえただろうと思った俺さまは、例の南天の木陰からじじいの小屋を覗き見ているんだが、シロの野郎はちゃっかりじじいの犬小屋にもぐりこんで、ふたりで丸くなってぬくぬくとしてやがった。
最近は、いつだってふたりしているもんだから、カーサンったらじじいの餌皿に、シロの分まで餌を盛ったりしてるんだぜ。ほおら、今日だって。
「ケ〜ン、シロ〜ッ、ほうら、朝ご飯ですよぉ。
お粥だからねえ、シロにはちょっと物足りないかもしれないけど、
もし足りなかったら、お勝手口で鳴くんですよぉ」
(カーサン。
やっぱりカーサンは、やさしいなあ。
野良猫にお代わり出してやる人なんて、
日本中探したって、カーサンぐらいかもしれないよ)
「ほら、じいさん、起きた起きた。
カーサンが朝ご飯を持って来てくれたよ」
「おやおや、もうそんな時間かい?
どうも・・わしは、まだ腹が減っとらんがな。
シロ、お前にあげるよ・・」
「じいさん、だめだめ。
夕べだってロクに食べなかったじゃないか。
少しだけでも食べとかないと。
これから寒くなるんだから、体力つけないとさ・・」
「そうじゃなぁ・・・」
俺さまはいつものように、偶然通りかかった振りをして南天の木陰からふたりの前に飛び出した。
「よぉ、おふたりさん。
相変わらず能無し同士、仲がいいことだな。
それはそうと、じじい!
しょぼくれた老いぼれが飯を喰わねえと、
干からびて干物みたいになっちまうぞ」
「おぉ、チビか。
最近は、よくお目にかかるなぁ。
と言うことは、ミケとは、まだまだ進展がないようじゃのう」
けっ、余計なお世話だよ。この間っからじじいときたら、俺さまに恋愛指南を始めやがるんだぜ。
「そんなことより、飯、ちゃんと喰っとけよ!
桜並木の葉が、色づき始めたぜ」
「ああ、そうらしいな、シロから聞いたよ。
まずは黄金色に、それから、真っ赤に染まるのは、
まぁ、10日後くらいかな」
「ちぇっ、なんでえ。
もう知ってやがったのかい」
シロがいつものように、ぴょこんと耳を立てた。
「実は、僕もじいさんの話に興味があるんだよ。
黄金から真っ赤、そして満開の桜ってやつにね・・・」
(へへへ、しめしめ。
こいつはおあつらえ向きだぜ。
俺さまの思い通りの展開になってきやがった)
実は俺さま、肺炎の治療に専念してたこの数日間、考えに考え、悩みに悩んだ末、あるすごい妙案を思いついたんだ。それで実は、じじいとシロにある提案をしに来たんだよ、今朝は。俺さまは、満を持してふたりに言ってやった。
「へえ、そうかい、満開の桜に興味がねえ。
確かにあれは、それだけの価値はあるよ。
だったらシロ、どうだい?
いっそのこと、桜の花が咲くまでの間、ここにいちゃあ」
「えっ?」
「な、なんじゃと?」
ふたりは、俺さまがシロの長期滞在に絶対反対すると思っていたに違いない。実際、俺さまだって、ついこの間までは、そう思っていたんだ。でも、どうだい?目の前のふたりときたら、俺さまの提案に、おったまげて目を白黒させてやがる。
「って言うのも、じじい、シロ、よおく聞けよ。
黄金色から真っ赤な桜並木の見物は、
今からじゃ、ちょいと無理かもしれねえが、
でも、来年の春の満開の桜までまだ半年ある。
このさんにんで豪勢に桜吹雪の中、花見と洒落込むってのは、
えぇ?どうだい、いいだろう?」
相変わらずふたりは、ぽかんと口を開けたままだ。そんなふたりには俺さま、目もくれずに立て板に水で続けてやった。
「いいか?こっからが大事だぞ。
だから、じじいはこれから朝晩きちんと飯を喰って、
あそこまで歩けるように、体力をつけなきゃだめだ。
それとシロ、お前にはじじいがきちんと飯を喰うように、
見張っているのはもちろんのこと、
じじいが歩けるように練習をさせる係を命じる。
来年の春の花見が遂行できなかったら、シロ、
お前のせいなんだからな、いいな!」
じじいとシロは、あっけに取られたまんまだったけど、へへへ、こいつぁあ我ながら、たいした名案じゃねえか。
《つづく》
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