〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第79回 皇帝の慟哭
刑事に向かって突き出されたガルル皇帝の両手に、手錠がガチャリと掛けられました。妙にピカピカしていて玩具みたいなので、タカシくんはこれがとても現実の逮捕だとは思えませんでした。でも、続いてヒムラー、ゲッベルス、マレンゴの順に手錠が掛けられていくのを見ると、急に寂しさと怖さがこみ上げてきてしまい、さっきまでの笑顔がまた泣き顔になってしまいます。
「さあ、行きますよ」
王様のお陰でだいぶ態度を改めた角刈りの刑事がガルル皇帝にそう言いました。皇帝は頷いて数歩歩を進めますが、皇帝執務室の扉の手前で足を止めると、タカシくんの方に振り返りました。
「タカシくん、怖い思いをさせてすまなかった。
心からお詫びをするよ。
それと、おじさんはね。
君に会えて、本当によかった。
君にいろんなことを思い出させてもらったよ。
も、もし、君さえよければだけれど・・・
おじさん手紙を書きたいんだが、いいかな」
タカシくんが涙を拭って答えます。
「僕も書く。
ガルルのおじさん、僕も書くから。
必ず書くから」
「ありがとう、タカシくん、ありがとう・・・」
そう言うとガルル皇帝は、泣き顔を見せまいとしたのでしょう、俯いたままタカシくんに背を向けてしまいました。すると、今度はその背中に向かって誰かが声を掛けます。仁王立ちの王様でした。
「ガルル皇帝。
我々ココロニア王国一同は、
元千年帝国民の皆さんの我が国への移住を心より歓迎しますぞ。
本土に帰る場所、居る場所のない方々にその旨お伝えください。
そして、ガルルさん。
それはもちろん、あなた自身も含めてですよ。
しっかりと償いをして、奥様とともに、我がココロニアにおいでなさい。
きっと、そう、きっと上手くいきますとも・・・」
皇帝は黙ったまま俯いて歩き出しましたが、その両肩が微かに震えているのは、誰の目にもはっきりと分かりました。刑事たちに囲まれた皇帝たち4人は執務室を出ると鋼鉄製の階段をゆっくりと降りていきました。ゴンゴンという重い足取りの音が消え掛けた時、ふとタカシくんが何かを思い出したのか、「あっ」と叫んでから急に駆け出しました。
「お、おじさん。ガルルのおじさんっ!」
周りの大人たちが目を丸くする中、タカシくんは階段を駆け下りてゆきます。
「ど、どうしたのかな?」
首を捻るMARUZOHくんに、王様がうんうんとふたつほど頷いて笑っています。
「私には分かりましたよ。
タカシくんはきっと、忘れ物を届けにいったんですよ」
「忘れ物、ですか?」
「ガルルのおじさーん」
階段の上から響く小さな足音と、ガルル皇帝を呼ぶかわいらしい声に、先頭を行く刑事が足を止めました。大人2人が並ぶと窮屈な階段のその隙間を、タカシくんがスルスルとすり抜けて、皇帝の脇に潜り込みます。
「ガルルのおじさん、駄目だよ、こんな大切なもの忘れちゃ。
ほら、机の上に置きっ放しだったよ、これ。
おじさんと、奥さんと、正一くん。
家族の写真だよ。
ここに、こうして、入れておくからね」
タカシくんはそう言うと、あの心丸の甲板での写真を皇帝のポケットに滑り込ませました。ガルル皇帝は無言でした。しかし、それまでずっと奥歯を噛み締め、嗚咽をこらえようとしていた皇帝にも、心の器いっぱいに満たされてしまった感情を、もう、とても抑えることができませんでした。
(おじさん、泣いたっていいんだよ)
皇帝執務室でタカシくんに言われた言葉が、再び頭をよぎります。思わずタカシくんを抱きしめてしまったガルル皇帝から次々に溢れ出したのは、慟哭というべき叫びでした。ガルル皇帝は人目も憚らずに、まるで子どものように泣き崩れ、叫び続けたのでした。タカシくん、ゲッベルス、ヒムラー、マレンゴ、そして刑事たちも、それをただただやさしく見守っていました。
《次回最終回につづく》
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