〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第77回 王様 対 刑事
「お、お父さん・・・」
大声で泣いていたはずのタカシくんは、王様の傍らにいる執事長を見つけると瞬く間に泣き止んで、まるで羽が生えたようにお父さんの胸の中に駆け込んで行きました。もう満面の笑顔です。
「タ、タカシ・・・」
執事長がそのタカシくんをがっしりと受け止めて、涙に濡らした頬をふっくらとしたタカシくんのそれに擦り寄せています。
「お父さん、ほっぺが痛いよう」
普段ならダンディーで冷静沈着がモットーの執事長なのですが、ここ2日間ほどはタカシくんが心配で髭を剃る余裕もありませんでした。慣れない無精髭に痛がるタカシくんのそのかわいらしい言葉に胸が詰まってしまったのでしょう、執事長は何も言えなくなってしまい、ただ涙の溢れるがままにタカシくんを抱きしめていました。でも本当にそれ程心配だったのです。誘拐事件の首謀者は、今でこそ牙は抜け落ちていますが、あの獰猛な肉食獣のようなガルル皇帝だったのですから。その2人の肩ごしに王様がやさしく語り掛けました。
「タカシくん、よく頑張ったね。
怪我はしていないかい?」
タカシくんがこっくりと頷きました。王様が微笑んで、今度はMARUZOHくんに労いの言葉を掛けようとした時、この温かくて心の和む空気は、それとは全く相反する刑事たちの台詞と口調で無惨に破られてしまいました。
「村長さん、あんたなんでこんな所に来てんだぁ?
あんたは船で待機してなきゃいかんだろう。
誰の許可を得てここにいるんだ」
「大体お前さんら、命が要らんのか?
相手は武装してる犯罪者だぞ。
危険だ、すぐに戻るんだ」
王様は一歩前に進んで、右手で大きな口髭の形を整えると、刑事たちに向かって言いました。
「ご心配は無用です。
私は私の判断でここにやって参りました。
何が起きようとも、責任は私自身にありますから気にせずに。
それに、危険なことなんてあるものですか。
ほら、あれを御覧なさい。
あなた方には、あの大きな白旗が眼に入らないのですか?」
角刈りの刑事が苦々しく言いました。
「ふん、どこまで能天気なお人好しどもだ。
あんたらは、この犯罪者を信用するとでも言うのか?
犯罪者なんてのは、どんな時だって隙を窺ってるもんだ。
土下座しながらだって喉笛掻っ切ってやろうとしてんのさ。
ほら、這いつくばらされてるこいつだって同じだよ。
俺はこんなクズたちを何百人、何千人と見てきたんだ。
こいつらに気を許したことなんて、俺は1度だってないよ」
王様は目を伏せてゆっくりと首を左右に振りました。
「私だって世の中の全ての人が善人だなんて思ってやいませんよ。
でも、私は人を見ても全部が泥棒だとは思いません。
あなたがそうだと言うんなら、悲しい職業だし、悲しい人生ですね。
まあ、あなた方のように他人のことを理解しようともせず、
自分の理解や想像の範疇の外にいる人たちのことを、
誇大妄想狂やクズとしか見ようとしない人たちに、
無理強いして考えを改めさせようなどと私は思いませんが・・・
しかし、しかしです」
そう言うと王様は刑事たちの間近まで歩を進め、ゆっくりと、そして力強く語りました。
「ただ一つだけあなた方に言わせていただきましょう。
人間が己の全ての過ち、弱さを認めて、それを償おうと思った覚悟。
そう、死して逃げることより仲間の為に生きることを選んだ覚悟です。
その覚悟を汚すことは、何人たりとも許されません。
当然、あなた方にも許されるはずはないのです」
あまりの王様の迫力に、2人の刑事が少し怯んでいるようです。しかし、刑事たちもすぐに反論を始めます。
「だ、だからと言って、このガルルがそうだと、
あんた、ど、どうして言い切れるんだ」
「そ、そうだとも。
あんたが、このクズの何を知っているって言うんだ。
こいつにそんな上等な覚悟ができるはずもあるまい。
他人様を騙して金を巻き上げるようなクズどもは、
所詮はクズのまんまなんだよ」
確かに先ほどのガルル皇帝とMARUZOHくんのやり取りは、マレンゴの知略で母艦内と巡洋艦には放送されていたものの、遥か洋上の船の中にいたはずの王様が、そんなことを知っているはずもありません。ところが王様は「ふふふ」と思わせぶりに微笑むと、懐から携帯電話を取り出して、それを眼の高さに掲げたのでした。
《つづく》
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