〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第67回 心丸 最後の日 その1
あの10年前の曇天の日。
若き日のガルル皇帝たち船員8名と積荷を載せて、F国を出た心丸は、ほどなく公海に入りました。風が強くなり、海がだいぶ荒れてきたようです。
心丸の船室、物凄い形相の彼、ガルルが仲間7人を懸命に説き伏せようとしています。
「も、もう1度、考え直せっ!
自分たちがしようとしていることを、
もう1度考え直してみるんだ。
こ、これは、取り返しのつかないことなんだぞ。
まだ、何とか打つ手立てはある、すぐにF国に引き返すんだ」
「いや、無理だ。
サイは、投げられたんだよ」
「そうとだとも。
もう、後戻りはできない」
「仮にだぞ・・・
仮に、戻ったとしても奴らは闇の組織だ。
密輸の事実を知ってしまった俺たちが、
無事でいられようはずがない・・・」
仲間たちは、取り付くシマもありません。
「そんなことより・・・
何よりもお前の大事な正ちゃんは、
この荷を運ばない限り手術を受けられないんだぞ。
目の前にそんなチャンスが転がり込んできたってのに、
お前は、指をくわえて見ているってのか?
本当に、それでいいのか?」
「そ、それは・・・」
止めには来たもののガルル自身にも、全く迷いがなかった訳ではありませでした。一人息子の正一くんを助けたい気持ちは、それこそ仲間たちの比ではあるはずがありません。
「だろう?
しかも、危ない橋をわたるのは、これっきりだ。
もう、2度とこんなことに、手を染めるつもりはない。
正ちゃんの為、この1回きりでいいんだ。
俺たちは、正ちゃんが助かりさえすれば、それだけでいいんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
目を伏せて俯いていた彼は、急に顔をブルブルと横に振ると、固めた拳で机をドンと叩きました。
「いや、駄目だ。絶対に駄目だ。
共犯であるという弱みにつけ込んで、
その闇の組織とやらは、決して俺たちから離れようとはしまい。
そして、次から次に無理難題を突きつけてくるのは、
目に見えているじゃないか。
いや、そんなことじゃない。
何よりも・・・
何よりも、そんなことをして得た不当な、不純な金・・・
見知らぬ人々を逃れられない闇へと誘(いざな)う、
不幸への転落の代償とも言うべき汚れた金で、
高額な手術を受け、命を永らえたとしても、
正一は、けっして喜びはしないっ!
肉親の1つの生命を救う為に、
多くの他人の生命と幸せを奪っていいなどとは、
俺は、絶対に思えないっ!」
彼の言葉に皆は、目を丸くしています。
「な、何、綺麗事を言ってるんだ。
ケツの青いガキじゃあるまいし。
俺には信じられんよ・・・」
「全くだ。
いいか?
お前のたった一人の息子が死にかけているんだぞ。
お前、正一くんが可愛くないのか?」
彼は、呻くようにして髪を掻きむしると、仲間を見渡して、絞り出したような声で答えました。
「ば、馬鹿野郎・・・
お、お前らに、俺の気持ちが分かってたまるか。
愛おしいからこそ、
かけがえがないからこそ、
これからの幸せを願うからこそ、
俺は、こんなに、こんなに・・・
胸が、張り裂けそうなんじゃないかぁ」
船室の丸い窓ガラスから見える海原に三角の波が泡立っています。これは時化の前兆だとキャプテンが思ったと同時に、大粒の雨がその窓ガラスを叩き始めました。
《つづく》
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