〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第66回 心丸の積荷
ヒムラーが顔をこわばらせています。元諜報部員のヒムラーは、ガルル皇帝の言葉の裏の何かを感じとっていたのです。
「千年帝国は、この通り組織化された稀代の詐欺集団ですし、
それを率いていた貴方、ガルル皇帝は、
法を犯すことなど屁でもないと嘯(うそぶ)いていた。
しかし、そんな貴方でも、絶対に手を出さないことが、ありましたね。
それは・・・」
ガルル皇帝は、ヒムラーのその言葉を一瞬間だけ取り戻した鋭い視線で遮ると、また目の前のマイクに視線を移して、先程の続きを話し始めたのでした。
「あの電話を切ってから半日が過ぎたのだが、
私の不安は、どんどん大きくなるばかりだった。
もしも、私の不安が的中していたならば、
心丸の連中が大変なことになるだけではすまない。
私たちの知らない、全く見ず知らずの人たちに、
災厄をもたらすことになるのだ・・・
私は不審がる妻に詳細を説明することなしに、
その日の夕方、飛行機に飛び乗った。
F国に先回りして心丸を待ち受ける為にね」
「そ、それは、
その積荷は、もしかして・・・」
MARUZOHくんは、そこまで言うと口籠ってしまい、ガルル皇帝が、その言葉を継ぎました。
「そう、ご想像の通りだ、麻薬だよ」
ヒムラーは、「やはり」と呟いて奥歯を噛み締めました。皇帝は、マイクの先端を凝視したまま続けます。
「心丸の荷に潜ませて、奴らはそれを運ぼうとしていた。
さすがに覚醒剤そのものではなかったが、
人を駄目にする道具の原材料なのだから、いずれ似たようなものだ。
当時、密輸のターゲットは、少量でも末端価格の高い覚醒剤だったから、
貨物を使って麻薬の原材料を大量に運び込むっていうのは、
当局からすると意外な盲点だったのかもしれない。
そんな危険な儲け話を、奴らが、からか持ちかけられたって訳だ」
「ガルルさんは、それを止めに、F国まで・・・」
「ああ、そうだ。
奴らが正一の為を思ってくれているのは、
前々から痛いほど分かっていた・・・。
奴らが会社として金策に奔走してくれたのも知っている。
しかし、金の工面は、どうにも上手くいかなかった・・・
そんな心丸が、手っ取り早く荒稼ぎをしようと思ったら、
手立ては、密輸くらいしかないんだよ。
しかも、短期間で、億の金を手にするなんて、
リスクの高い限られた品物しか、ないからね・・・
でも、奴らの気持ちは、気持ちだけは、本当に嬉しいんだが、
それだけは、人としてやってはいけないと、
当時の私は、思っていたんだ。
正一が真実を知ったら、と思うとね・・・
私は、どうしても、了承できなかった。
ふふふふふ、おかしいだろ?
今の私とは、まるで大違いだからな」
「でも・・・」
ゲッベルスが身を乗り出して質しました。
「あ、あんたがF国からの出航に間に合ったのなら、
心丸を沈める必要なんて、無かったんじゃないか?」
「私が、奴らの説得に、成功したのならな・・・」
そう答えたガルル皇帝の眉間には、久しく消えていた深い縦皺が、また現れていました。
「出航の時までに仲間と話がつかなかったんだ・・・
私も含めたクルー全員と、大量の麻薬の原料を乗せた心丸は、
曇天のF国の港を静かに出て、日本に向かったんだ・・・」
《つづく》
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