〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第60回 こころまる
ガルル皇帝はタカシくんの頭を大きな掌で撫でると、不意に立ち上がって、マレンゴに2歩ほど近づきました。
「詐欺師の素質があって、何事にも抜かりの無いお前のことだ。
唯一電話連絡が可能なこの部屋にいるということは、
猪突猛進のMARUZOHに入れ知恵でもして、
ココロニア経由で警察にも通報済みなんだろう?」
乗船してから初めて皇帝に褒められたマレンゴが、にやりと笑いました。
「ふふっ、どうやらその通りのようだな。
日本国警察が動き出すような最悪の場合は巡洋艦3隻で、
私と親衛隊幹部だけで逃げ出すつもりでいたが、
この船を近く沈めてしまうというあんな計画を聞いた今となっては、
親衛隊と言えども、最早誰一人私に従う者はいないだろうし、
ましてや、スクリューを治そうだなどと言うお人好しはいまい。
となれば後は、大人しくお縄を頂戴するだけだが・・・」
そこで皇帝は1度言葉を切るとマイクのそばに歩を進めました。
「こんな日が来るだろうことは、漠然と予感はしていたのだ。
いや、本当は、こんな日が来ることを、
私は待ち望んでいたのかもしれないな」
マレンゴの前を通り過ぎると皇帝は、壁に向かって仰向けに転がっている椅子を引き起こして、その背もたれの真ん中、小さな焦げた穴を見つめました。さっき、ガルル皇帝が小型拳銃でつけた弾痕です。
「やはり、醜いものだ・・・」
皇帝はそう言うと、静かに椅子に腰を下ろしてMARUZOHくんに言いました。
「どこにでもある、掃いて捨てるようなつまらん話だが・・・
ゲッベルスが言うのももっともだ。
無理やり帝国民に仕立て上げられたお前たちに、
その茶番劇の顛末を知る権利があると言うのならば、
確かに、それはそうかも知れないな・・・」
「お願いします」
「よかろう、警察が駆けつけるまでの座興として、
あの船のことを、話そうじゃないか・・・」
ガルル皇帝はマイクを自分の方に向けると、机の上で両の拳を組んでから、そっと眼を閉じました。そして暫くそうしていましたが、やがて眼を開き、部屋から廊下にかけての180度を見渡すと、意を決したように、ようやく、話し始めたのでした。
「10年前に沈んだあの船の名は・・・
ふふふ、MARUZOH、私のことを笑っても構わないぞ。
あの船の名はな・・、こころまる。
そう、心に丸で「心丸」と、私たちは、そう名付けたのだ」
「こころ、まる・・・」
MARUZOHくんが、思わず繰り返します。
「そうだ、心丸だ。
その船は、この船のような客船ではない。
心丸は小型の貨物船だった。
トランパーと呼ばれる特定の航路を持たない不定期船だ。
完全な出来高払い。
陸の上で言えば、持ち込みのダンプと言ったところか?」
「そ、その船、心丸の名前の由来は・・・」
MARUZOHくんは、母国ココロニアとそっくりな、心丸と言う船の名前がどうにも気になって仕方ないようです。
「ふふふ、お前もくだらないことに、妙に拘わるな。
まあいい、くだらないことだが後学の為だ、話してやるとしよう。
その当時・・・
船を購入したのは、沈んだ4年前だったから、14年前のことだ。
その頃の私たちと言ったら、お前の親父熱田と変わらぬ甘ちゃんで、
心だとか、愛だとか、友情だとか、情熱・・・
そんな馬鹿げた形の無い不確かなものに現(うつつ)を抜かし、
集団催眠みたいに実現するはずもない夢、つまりは妄想を描いては、
青臭い戯言(たわごと)を語り合っていたってことさ。
で、その理想の証にと、つけられた名が「心丸」って訳さ。
まるでお笑い種だよ。
しかし、しかしな。
そんなものは、やはり、くだらない幻想に過ぎないと、
やがて、私たちの誰もが、気付かされたがな・・・」
《つづく》
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