〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第43回 ガルル皇帝の焦り
「遅いっ!遅い、遅い、遅い、遅―いっ!
この能無しどもめらが!」
遅々として進まないスクリューの修理に、ガルル皇帝の怒りがついに爆発しました。
「たかだかスクリューに引っ掛かった投網を取るのに
大の男が20人近く付きっ切りになって
いったい何十分かかっていると言うのだ!」
機関長は額の汗をハンカチで拭いながら上目遣いで皇帝を見やります。
「お言葉を返すようでございますが皇帝陛下。
奴らが放り込んだのは、投網ばかりじゃなかったんでございます。
な、なんとスクリューには、
フェンスに使う太い金網まで絡みついております。
しかもこれがまた、それぞれが複雑に絡み合って・・・」
「うるさいっ!
貴様の言い訳は、もう聞き飽きたわい、とにかく急ぐんだ。
例のCDロムはもう小一時間で到着するぞ。
それさえ受け取ったら本艦は即、全速発進する。
漁船どもを蹴散らしてこの場を去るんだ。
もしそれが・・・
もしそれが出来なかったら貴様、
降格だけで済むと、思うなよ!」
甲板最後尾のスクリューの上、ガルル皇帝は機関長にそう言い残すと、大股で階段付近に向かい、今度は親衛隊たちにも悪態をつき始めました。
「おいっ、あの4匹のねずみどもは、まだ見つからんのか?
あれだけの武装した人員がいたっていうのに、
たかが胡椒のビンごときが破裂したくらいでおたおたしおって。
逃げた先も見とらんかったとは、ええい、貴様ら、
それでも千年帝国親衛隊のつもりかぁ!」
胡椒のビンが割れた時、本当は1番慌てふためいて、いた自分のことを棚に上げて、ガルル皇帝は責任をみんな部下に擦り付けています。
「はっ。も、申し訳ございません。
目下、1部屋1部屋しらみ潰しに
例の4人を捜索中であります。
しかし、なにぶん部屋数が多いもので・・・」
「ほう、貴様ら親衛隊も言い訳ばかりか・・・
情けない、全く情けない。
不測の事態に陥ったときにその組織の真価が問われると言う。
今までの何事もないただ安穏とした日常では気づかなんだが、
我輩は今、はっきりとわかったぞ。
貴様ら親衛隊は、一人残らず格好ばかりが一人前で
全く役立たずのクズの集まりだったとな!」
「・・・・・・・・・・」
親衛隊員たちは唇を噛み締めて、眼を真っ赤にしながら皇帝の罵倒に耐えています。
「いいか?この一件が済んだなら、
貴様ら全員の性根を一から叩きなおしてくれるわ!
首を洗って待っていろ」
「はっ、あ、ありがたき・・幸せ」
言葉とは裏腹に親衛隊員たちはその時、視線を甲板に落としていました。
「さあ、行け!
これ以上ここで油を売っていないで、
貴様らも小僧どもの捜索に加わるんだ。
ココロニアとは、CDと小僧を引き換えにすることになっている。
CDが来ても、小僧どもがいなけりゃ話しにならん。
急げ!急ぐんだ!もたもたするんじゃないっ!行けぇっ!」
「はっ・・・」
若い親衛隊員たちは鋼鉄の階段をカンカンと靴音を響かせて、勢い良くその場を走り去っていきましたが、その実、その伏目がちの目には、いつものような輝きはありませんでした。彼らは考えていたのです。奇しくも 先ほど皇帝自身が言っていた「不測の事態の時こそ真価が問われる」という話を。
それまで親衛隊員たちは、ガルル皇帝というのは、まさに千年帝国を開国した専制君主なんですから、傍若無人な振る舞いをしたって、人を人とも思わぬような言動をしたって当然なんだと思ってきました。いえ、むしろそれこそが、権力者のあるべき姿であり、あの恐れを知らぬ堂々とした貫禄に触れると、いつの日にかは自分もこうありたいと、心ひそかに憧れていたのです。
でも、その天上人であったはずの皇帝が、予想だにしなかった不利な展開に焦り、右往左往した上に部下に当たり散らしてばかりいるのです。そんな姿を、眼前で見せつけられたら、「ああ、この人も所詮は、自分たちとちっとも変わらない、ただの不安でいっぱいの人間じゃないか・・」と思ってしまっても当然です。
親衛隊に限らず人はそういうものですが、1度手品のタレがばれて浅い底が見えてしまうと、今までの必要以上に威厳を繕っていたあの姿や、遥かな理想を語ったりしていたあの姿。自分たちが憧れていたはずのあのガルル皇帝が、妙にお芝居じみた薄っぺらな存在に見えて仕方がないのです。
それはまるで、皇帝にかけられた魔法が段々と解けてゆくような、そんな不思議な感覚でした。
《つづく》
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