〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第40回 副機関長マレンゴ
いつもなら鋼鉄のドアの向こうからは、この大きな母船を動かすゴウンゴウンという大きな音がしているのでしょうが、スクリューの修理でメインエンジンを切っているからでしょう、機関室の前の踊り場は、しんと静まり返っています。
ヒムラーがごくりと唾を飲み込む音がMARUZOHくんにも聞こえました。ヒムラーは、ドアのノブをゆっくりと回します。
ガチャリ ギイィィィィ・・
開け放たれたドアの向こう、数名の作業着の男たちがその音に振り返ってその中の一人が叫びました。
「ここは、関係者以外立ち入り禁止だぞっ!
すぐに表に出るんだ!」
「ま、待ってくれ。
わ、私は、火村・・・
諜報部の、ヒムラーと言った方が、わかり易いかな?」
散々迷った挙句、ヒムラーは策を弄することなく正直な自分の気持ちを責任者である機関長に伝えようと考え、ゲッベルスとMARUZOHくんもそれに賛成してくれました。振り返った男の中の1人が1歩前に出て言いました。
「ほう、諜報部の腕っこきスパイのヒムラーさんが、
このむさ苦しい機関室に何の御用で?
ひょっとして、かのガルル皇帝陛下サマは、
まだトイレの落書きごときに腹を立ててなさる?
酔っ払ってのグチやトイレの落書きが反乱分子ってんなら
世界中のサラリーマンは、一人残らず みんなお上に捕まっちまうぞぉ」
その小柄で目がぎょろっとした色白の男は、大げさな身振りでまくし立てながら4人に向かってずんずん進んできます。
「いや、違うんだ。
ご、誤解だ。
実は、今はもう・・
私は、諜報部員ではないんだ。
ちょっと、機関長に、折り入って相談があるんだ・・・」
ヒムラーの前に立った男は、それを聞くと にやりと笑いました。
「機関長は、いないよ。
スクリューの修理とやらだ。
皇帝陛下サマ直々のお呼びで
機関長とその取り巻き連中は、
みんなしてすっ飛んでっちまったよ」
「えっ?機関長さんが、留守?
はあぁぁぁぁ、いつだってこうだ・・・
私は、なんてついてないんだろう・・・」
ゲッベルスのため息混じりの言葉に、男はまたまたにやりと笑うと、1人々々を眺めながら こう言いました。
「帝国と皇帝を裏切ったヒムラーと、
ヘマをしてやけくそになったゲッベルス。
逃げ出したわんぱくな捕虜の子どもに、
それを助けに来た物好きな男か・・・
あんたら、今この船で起きてる大騒動の張本人4人だろ?」
ヒムラーは一瞬ビクッとしましたが、相手の目を睨みつけながら、ゆっくりと首を縦に振りました。男はそれを確認すると、4人がさっき入ってきたドアを指差して叫びます。
「入口のドアに施錠しろ!」
「ま、待てっ!話を聞いてくれ!」
「ひいぃぃぃぃぃぃ・・・」
ところが男は、
「勘違いするなって!」
ヒムラーの声とゲッペルスの悲鳴を例の大げさな身振りで遮るとこう続けたのでした。
「ゲッベルス、あんたは決してついてないわけじゃないよ。
むしろ、大・大・大ラッキーなんだぜ、間違いない。
なぜかって?
あんたらが会いたがってた機関長とその取り巻きってのは、
ガルルの野郎から鼻薬を嗅がされてやがんだよ、操り人形さ。
そんな奴らに助けを求めた日にゃあ、
あんたら全員、一発でお陀仏ってわけさ。
奴らがいなくて、ホント良かったよ」
「・・・・・・・」
驚いて目を丸くして聞き入っている4人に男は、小柄で色白の体とは似つかないごつごつした右手を差し出しました。
「俺は、副機関長してるマレンゴだ。
あんたらに関する情報は、いつもの通りガルルの野郎を通してだから
奴に都合のいい風にしか流れて来ねえが、大方は、想像できるよ。
実は、俺たち機関室の仲間の大半は、
帝国から抜け出す為のこういう機会をずっと待っていたんだ・・・」
今までとは打って変わってやさしそうな眼のマレンゴが差し出した右手に一番最初に握手をしたのは、やっぱり 笑顔のタカシくんでした。
《つづく》
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