〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第27回 ゲッベルスの勇気
「ゲッベルスのおじさん。
タケル兄ちゃんのお父さん。
王様がすぐに助けに来てくれるって!」
タカシくんは受話器を置くと、ふたりの顔を交互に見てにっこり笑いました。
「しっ!」
聞き耳を立てていたヒムラーが、唇の前に人差し指を立てました。
「だ、誰か来る・・・」
そう言った瞬間です。荒々しくドアが開けられました。
バタンッ!
そこに立っていたのは・・・
タカシくんが5月の眩しい海で見たあの黒に赤い縁取りのロングコート。黒い船のような帽子。そして、何よりも他を圧倒するピリピリと肌に突き刺さるような威圧感。そう、ガルル皇帝その人でした。
「親衛隊の能無しどもめ。
逃げたねずみが向かう先も分からんとは、情けないにもほどがある」
ガルル皇帝に気圧され、思わず後退りをしようとするゲッベルスの背中をヒムラーがやさしく抱きかかえています。でも、そのヒムラーの手もすっかり汗ばんでいました。ガルル皇帝とは、これほどに恐れられている男なのです・・・
「ほう、ヒムラーも一緒に寝返ったというのは本当だったか?
報告だけでは信じられなかったが、
お前ほどの男が、このゲッベルスごときにそそのかされ、
こころ王国の甘ちゃんどもに肩入れするとはな」
皇帝はギロリと2人をひと睨みしました。ヒムラーが、恐怖で裏返りかけた声で言います。
「こ、皇帝、タカシくんをココロニアに帰してやってください」
皇帝は、フンと鼻を鳴らしてから言いました。
「ほう、忠誠を誓ったこの私に指図ができるようになったとは、
ヒムラー、貴様も随分と出世したもんだな・・」
皇帝の一言で、ヒムラーはもう汗びっしょりです。ヒムラーの横のゲッベルスが、ごくりと唾を飲み込んでから震える足で一歩、踏み出しました。
「こ、皇帝っ!
い、いや、ガ・・ガ・・ガルルッ!
わ、私たちはな・・・
も、もう、この間までの・・私たちと違うんだ!」
本当にありったけの勇気を振り絞って、半べそをかくようにして、ゲッベルスはそう叫びました。
見下ろすようにしている皇帝のこめかみに太い青筋が1本、浮かび上がりました。
「優秀なスパイの火村とは対照的に、
何をやっても駄目な小男の貴様につけたあだ名が、
ヒムラーに対するゲッベルスだったな・・・
フンッ、その駄目男がこの私を呼び捨てにするとは・・・
貴様ぁ、狂ったか!
それとも、この場で死にたいかぁ!」
あまりの迫力にタカシくんが、ビクンと震えました。それを見たゲッベルスは、タカシくんをかばう様に前に立つと眼をまん丸に開いて、溢れる涙を拭いもせず言いました。
「た、確かに私は・・・
何をやっても駄目で・・・
臆病者の、弱虫の、泣き虫だった・・・
いつもあなたの顔色を窺っては、
ビクビクしながら・・・
本当はやりたくない犯罪の片棒担ぎを
ずっと、ずっとやってきた・・・
で、でも・・、でも・・
このままここで、このままここで終わってしまったら、
私は一体、何の為に生まれてきたのか・・
分からないじゃないかぁ!」
《つづく》
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