〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第6回 皇帝の憂鬱
千年帝国の真っ黒な母艦は帆をたたみ、4隻の巡洋艦を両脇に従え、九十九里浜沖に停泊していました。威風堂々の母船最上階には皇帝の執務室と、その奥にはプライベートルームがしつらえてあります。
皇帝は豪華客船波のプライベートルームのソファーに腰掛け、ブランデーを手にたくさんの書類に目を通していました。しかし、ふと何かに気付いたらしく、書類をパラパラとめくり直したり、ひっくり返したりすると、部屋の入り口に立つボディーカードに声をかけました。
「財務大臣を呼べ、すぐにだ」
ボディーガードは、執務室の壁にある通信機でどこかに連絡をしています。
「3分20秒ほどで参りますとのことです」
ボディーガードから事務的な報告があり、それを聞くと皇帝は、時計をちらりと見て、高級そうな葉巻を卓上のケースから取り出しました。皇帝が端っこを口で噛み切ると、ボディーガードがライターを手に走ってきます。
カチッ スパスパスパスパ・・・
皇帝がふーっと紫煙を吐き出したところで、ドアがノックされ、財務大臣が姿を現しました。旧ドイツ軍、ナチスの将校を思わせるようなデザインの黒い服。小脇に帽子を挟み、敬礼までしています。
「失礼いたします。お呼びでしょうか・・」
「ほう、感心、感心。
相変わらず時間にだけは、正確なようだな」
「お、恐れ入ります・・・」
時間に「だけ」という言葉に何か心当たりがあるのか、財務大臣は、痩せぎすの体を神経質そうにぶるっと震わせました。
皇帝は、例の肉食獣を思わせる視線で、財務大臣をつま先から頭のてっぺんまで嘗め回すように見ると、ソファーに腰掛けたまま、低い、ドスの聞いた声でこう言いました。
「なぜだ?
なぜ銀行関係のFプロジェクトの資料が欠落している?
同じ財務省扱いのYプロジェクトは、こうして出ているのに・・・」
皇帝は財務大臣の足元に「project Y」と書かれた冊子をポンと投げつけました。
「そ、それは・・・」
財務大臣が口をアワアワさせ、口籠っていると、皇帝は、がばと席を立ち、今度は大声で怒鳴りつけました。
「財務大臣、貴様が正確なのは、呼ばれてくる時間だけか?
貴様は、我輩が指定した書類の提出期限など、守れぬと言うのか!
今やFプロジェクトは我が国の重要な資金源の一部というのは、
貴様も充分心得ているはずだ!
よもや、資料をなくしたなどと、言いは、しまいな?」
財務大臣は、真っ青になっていました。額からは、玉のような汗が吹き出ています。
「ど、どこでなくしたのかは、
おおよそ け、け、見当が付いております。
げ、現在、捜索のて、て、て、手配をしようと・・・」
皇帝の喉の奥で「ガルルル・・・」という声が聞こえたような気がしました。皇帝はボディーガードに目配せをすると、財務大臣の胸から大臣の勲章を力任せに剥ぎ取り、冷ややかに こう言い放ちました。
「このたわけを機関室の脇の牢につないでおけ!
小笠原辺りで、鮫の餌にしてくれる」
「ひぃぃぃぃ。や、や、やめてくれぇ!」
二人の屈強なボディーガードに両手をつかまれて、財務大臣は足をバタバタさせています。
「こ、皇帝陛下、も、もう1度だけ、
もう1度だけ私にチャ、チャンスをください!
おね、お願いします、お願いします!」
連れて行かれる財務大臣を横目に皇帝はブランデーをくっと煽りました。
「馬鹿めが・・・
千年帝国には、2度目の正直など、存在せぬわ」
「こ、皇帝陛下、ご慈悲を、ご慈悲をーっ!」
財務大臣の姿が廊下に消え、その声がだんだんと小さくなってゆきました。
ガルル皇帝は目を閉じ、腕組みをしたまま、ボディーガードの帰りを待ちました。
「ふん、我輩にも貴様が紛失したCDロムの行方など、
大方の見当は付いておるわ」
ふと漏らした独り言の後、皇帝は、皇帝には似つかわしくない癖、親指の爪を噛む癖を久しぶりにしていたことに気付き、慌てて口から親指を離しました。そして、噛み千切った爪をぺっと吐き捨てると、眉間にしわを寄せ、言いました。
「しかし、厄介な島に忘れ物をしてくれたものだ・・・」
《つづく》
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