〜憧話 こころ王国 episode 2〜
王様 対 皇帝 第4回 決裂
執事長と2人のボディーガードは、お互いを気にし合いながら、居心地悪そうに応接室のドアの前で待っていました。
国賓用応接室は、秘密の漏洩を防ぐ為、完全防音とは言わないまでも、中での会話はよほどの大声で無い限り外には聞こえません。
カッチコッチ カッチコッチ カッチコッチ・・・
応接室の前の大きな置時計の音だけが、重苦しく廊下に響いています。
王様と皇帝が部屋に入ってから、そろそろ30分が経過しようとした時分でした。突然、部屋の中から、ガタンという大きな音と
「馬鹿をいうな! 冗談にも程がある!」
という、王様の声が響き渡りました。このぶ厚いドアを通して、この声です。王様が、どれだけの大きな声を立てたのかおわかりででしょう。冷静沈着がモットーの執事長でさえ、この時は心臓がドキリとしてしまいました。
王様の大声と物音に火急の事態と判断した執事長は、一瞬だけためらった後、ドアを勢い良く開けました。
バタン
そこには、真っ赤な顔で仁王立ちして、皇帝のことを見下ろす王様がいました。
一方、座ったままの皇帝の王様を見る眼差しの鋭さといったら、それはまるで「ガルルルル・・・」、獲物に襲い掛かる肉食獣のようでした。まさに名前に偽りなし、と言ったところです。
王様は、執事長の方に向き直ると、皇帝を一瞥してから言いました。
「丁度良かった、執事長。
さあ、皇帝閣下が お帰りだ。
玄関までご案内しなさい」
王様の興奮と怒りが伝わるような、王様らしくない荒々しい声色でした。
皇帝は、冷たい笑みを口元に浮かべて立ち上がると、ボディーガードに向かって言いました。
「残念ながら、交渉は決裂だ。引き揚げるとしよう」
そして、2人を引き連れ、大股でドアまで進みましたが、ふと立ち止まり振り返ると、笑いながらこう言いました。
「ふははははは・・・
ココロニア国王、いや、熱田海蔵。
アンタには、とことんがっかりさせられたよ。
俺たちがやろうとしているのは、新興国家の運営だろ?
理想だけのおままごとや王様ごっこじゃないんだっ。
まあ、理想や夢だけじゃ、絶対に国民を食わしちゃいけないってことが、
近い将来、アンタにも判るだろうよ。
その時になって泣きごと言ったって、後の祭りだがな。
もう、2度と会うことも無いだろうが、
アンタらはその日まで、せいぜい王様ごっこでも楽しむんだな。
ふはははははははは・・・・・」
高笑いをする皇帝の目は、笑い声とは裏腹に、少しも笑ってはいません。皇帝は、ボディーガード2人にドアに向かって顎をしゃくると、再び大股で歩き始めました。執事長が慌てて後を追いました。
皇帝がココロニア宮殿を去り、執事長が玄関から応接室に戻るまでの間も、王様は恐い顔のままで、その場に立っていました。執事長が、「ガルル皇帝が、お帰りになりました」と告げても、王様の表情はさっきのままです。よほど腹に据えかねたことがあったのでしょう。
執事長は、かの独立戦争の時、本島からのあらゆる嫌がらせにさえ、全く動じることの無かった王様を間近に見ていましたので、今回の怒りに打ち震える王様を見て、すっかり心配になってしまいました。
「王様、誠に差し出がましいこととは思いますが、
私にお話しいただける範囲でかまいませんので、
ガルル皇帝との会談で何があったのか、
私にお教えいただけませんでしょうか・・・」
執事長のやさしい物言いに王様の表情が、だんだんと緩んでいきました。そして、執事長に向かっていつもの表情、いつもの口調でこう言ったのです。
「ありがとう、執事長、心配をかけてしまいましたね。
ふふふ・・・
私はずいぶんと嫌な顔をしていたでしょうな。
執事長、これは当面の間は、
貴方と私だけの秘密にして下さい、いいですね。
実は、あのナポレオン5世・・、いや、貴方の言うとおり
ガルル皇帝の方がぴたりときますね。
あのガルル皇帝の言うビジネスとは・・・」
執事長は、ゴクリと生唾を飲込んで言いました。
「ビジネスとは?」
「ガンサクです」
「ガ、ガンサク?」
「そう、ガンサクです。
フェイク、模造品、紛(まが)い物、偽物のことです。
あの肉食獣は、ココロニアの美術家集団を利用して、
著名な美術品の贋作の作製をしないかと・・・
わが国、わが国民に犯罪の片棒を担いで、
ボロ儲けをしないかと、そう言ったんです」
《つづく》
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