やさしいあなたに、そうでないあなたにも。
                        いろんなあなたに、こころの言葉。













   【maruzoh's profile】
   maruzoh live.jpg

名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町
誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪

2011年09月14日

まりなさんと王様 第24回 ココロニア建国史 王様の決断


〜童話 こころ王国 episode 1〜
まりなさんと王様 第24回 ココロニア建国史 王様の決断


王様は、南の空を見つめていました。
遥か遠い、でも同じ空の下にあるココロニアを
思い浮かべるようなやさしい目で。

「私は、この闘いが、ただの喧嘩や意趣返しでないことを
その夜、仲間の一人一人に伝えました。
なぜ、私たちがこの島に住むようになったのか。
なぜ、私たちがこんなに充実した楽しい日々を送れたのか。
なぜ、私たちはあの晩、あんなにも泣けたのか。
そして、何よりも、
なぜ、私たちは独立を望み、これだけの努力をしてきたのか。
それを、よ〜く考えて欲しいと話しました。
まりなさん、あなたは、どうしてだと思いますか?」
 
王様は、まりなさんに微笑みかけましたが、
まりなさんは、考えがまとまらないらしく、
困ったようにMARUZOHくんの方をちらっと見ました。
MARUZOHくんは、にこにこ笑うばかりです。
王様は、同じくやさしい顔つきのまま続けました。

「まりなさん、その答えは、実に簡単なんです。
あたたかな心、あたたかな気持ち、
それが、たまらなく心地いいからです。
あたたかくされることも、あたたかくすることも、
たまらなく心地いいんです。
本当に、本当にただそれだけのことなんです。

逆に言えば・・・
私たちは、無味乾燥の現代社会に適応できない、
いえ、適応なんかしたくない人間の集団だということです。

私は、月に1〜2度、独立の嘆願等の為に東京周辺を訪れますが、
来る度に、この街、この国では暮らしていけない、
そういう思いが、どんどん募ってしまいます。
だって、そうじゃありませんか?
街を歩く人の速さひとつ取っても、
この街の人と私たちとでは、恐らく倍も違いますよ。

大都会の雑踏やターミナルステーション、
みんながみんな先を争って交差点を渡る様や、
駅の自動改札を半ば駆け足で通り過ぎる様は、
私たち島の人間の目から見れば、
都会人のほとんどが何者かに取り憑かれてしまったか、
文明という狂気に支配されているようにしか映りません。

彼らは、そんなに急いで、何処に何をしに行くのでしょう。
そのスピードにより、何分の時間が短縮できて、
その時間は、何に使われるのでしょう。
その時間は、本当に有意義に過ごされているのでしょうか?
そうでないのなら、なぜ急ぐのでしょう。

まりなさんならお分かりいただいていると思いますが、
私は都会人が歩くただ速度を遅くさえすればいい、
と言いたいわけではありません。
現代の日本の価値観、文明国の価値観が、
歩く速度にまで染み込んでしまっている、と言いたいのです。
日本という国は、明治の文明開化以来、
特に、第二次世界大戦以降は、
余りにも急ぎ過ぎてしまったんじゃないでしょうか。
国家の再興、発展と進歩の大号令の下(もと)、
日本本来の良さをかなぐり捨ててまで生産性を求め、
非生産的な行為や非生産的な存在は、
価値のないものとみなされ、あるいは疎外され、
ひたすら生産性の向上と物質的な豊かさに心血を注ぎ、
ゆとりだとか、心の豊かさといった精神的なものは、
どこかに置き忘れられてしまいました。
効率の良いもの、具体的なものは価値が高く、
非生産的で数値で計れないもの、感情に訴えるものは、
価値が低いと、切り捨てられてしまう。
マスコミは、数値としての価値観の最たる視聴率至上主義に陥り、
生産性や効率、スピードといった価値観の
最大公約数の井戸端会議の場と成り下がりました。
結果、視聴者の関心事、
つまり商業的生産価値のあるものは何事にも優先され、
そのためには、報道の自由という剣を振りかざし、
他人の心に土足で踏み入ることも許されてしまう。
興味が人道に優先し、スケープゴートされた者や、
より弱い者が、標的にされてしまっています。
芸のない芸能人たちが人の揚げ足を取り合ったり、
暴露や失敗をあげつらって笑うだけの不愉快な番組を
「バラエティー」だなんていってるのは、世界中で日本だけですよ・・・

正義や理想、夢を声高に叫んだとしても、
考えが甘いだとか、現実離れしていると一笑に付される。
それが稀に叶ったとしても、あの人は特別、だけで終わってしまう。
与えられるのはステレオタイプの憧れや目標で、
本当の意味の理想や夢さえも持つことすら許されていないんです。
伝統は、価値のないかび臭いものと嘲笑され、
一過性の流行という形でしか文化が存在しない・・・
先ほどのバラエティーと伝統芸能を比べれば、わかりやすいですよね。

そんな価値観の中で作られた流行と言ったら、
金銭的な価値で数値化されたり、
押し付けられるがごとくマニュアル化された
没個性を通り越した「無個性」なもの、
ポップで、チープで、暴力的で単純、つまり、幼稚なんです。
流行の発信源が、低年齢化しているのは、
物質的な繁栄と反比例して、現代社会の精神年齢が、
驚くほど幼くなったせいだと、私は思いますよ・・・

個人と個人の繋がりはどうかと言うと、
共通の話題は、もっぱら生産性と効率、流行といった
結局は同一の価値観に根ざしたものですから、
コミュニケーションは当然浅薄となり、
心のひだ、感情の機微が理解できない人間が増える。
ところが驚くことにこの社会では、
そういう他人の感情を害してでも成果を上げる人間が、
むしろ高い評価を受けているときています。

コミュニケーションの機会自体は、
メールやケイタイの普及で増えてはいるでしょう。
それこそ、必要以上に会話はされています。
だからこそ、いつでも会話できるからこそ、浅いんです。
会話はできているけれども、意思の疎通が取れていないんです。
その昔、東国の夫が京の妻に宛て詠んだ歌を送りました。
数ヶ月に1度、たったの数十文字ですが、
現代の会話の数万倍の気持ちが伝わっていたのではないでしょうか。

でも、これはまりなさんのような
若い世代の方が悪いわけではありません。
そりゃあそうでしょう。
そういうコミュニケーションの仕方は、
無価値なもの、非生産的なものとして、
切り捨てられて教育されてきたのですから、
やろうったって、できようはずがありません。
その私たちの世代が切り捨てたものの責任を、
若者に問うたり、糾弾するのはお門違いと言うものです。

生産性を重視する余りに、価値観が効率、スピードに偏り、
本来の大切な部分、あたたかさが切り捨てられていく。
結果、社会が商業的で刹那的に、浅薄で幼稚になり、
人と人との繋がりが希薄に、つめたくなっていく。
これが、高度経済成長以降のニッポンですよ。
全くもって、悲しいじゃありませんか・・・ 

そう考えてみると、私たちの島の暮らしと現代社会は、
全くの正反対だと思いませんか?
先ほど私が言った、現代社会との「イデオロギー闘争」とは、
「あたたかさ」と「つめたさ」の闘いなのです」

王様は、一気にそこまで話すと、悲しげに言いました。

「だからこそ私たちは、自らの存在理由を示す為にも、
私たちのやり方で、彼らに勝たなければいけなかったのです・・・」                                                 
《つづく》




☆アルファポリスに挑戦☆
アルファポリスさんのランキング「Webコンテンツ」に挑戦します。「うふふ」とか「ほろっ」とか「なるほど」と感じたら、押してくださいね。

 現代小説 こころ王国 まりなさんと王様

posted by maruzoh at 09:10| Comment(0) | ◆まりなさんと王様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

検索
 

title.gif
maruzohは、アートビリティ作家さんを、応援します!

●ご連絡先● 〒165−0023 東京都中野区江原町2−6−7
社会福祉法人東京コロニー アートビリティ事務局内
TEL 03−5988−7155/FAX 03−3953−9461
●営業時間● 平日 9:00〜17:20 / 土・日・祝日 休業日