ツノナシオニ 第7回 団欒
僕はその日、教室にはもう戻らなかった。お父さんと僕は2人で、おじいちゃんの家まで手をつないで帰った。
おじいちゃんは、僕ら2人を見るなり「やっぱり、こうなっちまったか」と、一言だけ、さびしそうにに言ったけれど、それ以上は何も聞かずに、
「とんでもない大飯食らいがやってきたんだ。今日の食事は、大変じゃぞぉ」
と、おどけて言うと買い物籠を手にした。
涙をこらえてへんてこな顔で笑うおじいちゃんを見て笑った僕の顔も、きっとへんてこだったに違いない。
お父さんはと言うと、あの大きな体を小さくして、なんとか座布団の上に収まろうとしながら「すみません」とか「気を使わないでください」とかを何回も何回も頭を下げながら繰り返していた。
おじいちゃんが買い物に出かけて僕らは二人きりになったけれど、お父さんは相変わらず、窮屈そうな格好でハンカチで汗をぬぐいながら卓袱台の湯呑みを見つめている。
「お父さん、足崩したらどう。見ている僕の足の方が、痺れてきちゃうよ」
何度も僕がそう言うんだけれど、お父さんはずっとそのままでいた。
何から何まで世話になっているおじいちゃんに、申し訳が立たないんだそうだ。実は、あのおじいちゃんは、僕の本当のおじいちゃんじゃないんだ。それはそうだよね、人間のおじいちゃんから、オニのお父さんや僕が生まれてくるはずないもの。
おじいちゃんは元漁師さんだったそうで、おじいちゃんがまだまだ若かった頃、おじいちゃんたちの乗っていた魚船が突然の嵐で難破してしまったんだ。大怪我をしたままたった1人で漂流したおじいちゃんは、僕らの住む「鬼が島」に運良く流れ着いたんだそうだ。そのおじいちゃんを最初に発見したのが、その頃はまだ子どもだったお父さんだったんだ。
鬼が島の住民たちは、一生懸命ひん死のおじいちゃんを介抱して、その甲斐あって元気になったおじちゃんは、1年後には無事に奥さんのところへ帰れたんだって。
おじいちゃんとお父さんたちは、それからの長い付き合いで、おじいちゃんは、僕たちオニがつきあいをしている数少ない人間の1人というわけ。もちろん、鬼が島のことは、絶対の絶対に秘密に決まってる。
今回の僕の転校だって、お父さんが「世間を広める為に」って、おじいちゃんに頼み込んで実現したんだ。だから、僕は学校では、おじいちゃんの姓を名乗って「桃山太郎」なんだ。オニのぼくが、桃太郎みたいだってお父さんは笑ったけれど。
その日のお昼ご飯は、びっくりするくらい盛大だった。すき焼きに、天ぷら、お寿司に鰻、ケーキやチョコレートだって卓袱台からあふれていた。
僕はご馳走に囲まれて、遠足や給食や先生のこと、この2ヶ月間の学校での出来事をお父さんにいろいろと聞かせてあげた。飼育係になったんだけど、ウサギがどうしても怖くって大失敗しちゃった話なんか、お父さんも、おじいちゃんも膝をたたいて笑っていた。
楽しかった。本当に、楽しい午後だった。窓の外が暗くなって自分の部屋に戻るまで、ずっとずっと茶の間の僕たちの笑いが絶えることはなかった。
でも、ここにいる3人が3人とも、ここに盛大なご馳走が並んでいる意味や、おじいちゃんがいつもよりはしゃいだり、お父さんが笑い話みたいにさっきのクラスでのことを話す理由を、みんながわかっていた。
ごちそう様を言った後、お父さんは、僕の顔を覗きこんでまた「太郎、ごめんな」と言った。僕は、「お父さんのせいじゃないよ」とだけ、応えた。
第8回「代休」へつづく
☆ランキングに挑戦☆
にほんブログ村さん、人気ブログランキングさんに挑戦中。「うふふ」とか「ほろっ」とか「なるほど」と感じたら、押してくださいね。 にほんブログ村さんへ
人気ブログランキングさんへ