ツノナシオニ 第5回 別離
僕は、やっと帽子を被り直したお父さんの方を向いて、何か言おうとしたのだけれど、どうしてもかける言葉が見つからなくって、息を吸い込んだまま、金魚みたいに口をパクパクさせていた。
お父さんも、僕やクラスのみんなにかける言葉をさがしていたんだろうけど、結局「先生、クラスの皆さん。息子を、よろしくお願いします」とだけ言って、よせばいいのに、ていねいに帽子までとってお辞儀をしたものだから、クラスのみんなは、またキャーキャー言い出してしまった。
先生は、なにも応えなかった。黒板の前でクラスのみんなを庇うようにして、両手を広げたままの先生は、なんにも応えられなかった。
お父さんは、僕に向かって
「太郎、じゃあ、元気でな」
と言って、悲しそうに笑った。お父さんの赤い顔がもっと赤くなって、涙をこらえているのが僕にも分かった。
お父さんは、やさしい分だけ涙もろいんだ。僕も鼻の奥がじーんとしてきて、みるみるぼくの眼に、涙が溢れてきた。僕はお父さんの子だから、泣き虫なんだ。
僕らは、オニだけど、泣き虫の親子なんだ。オニが怖いなんて、人間が勝手に作り上げた嘘さ。僕の顎の先から落ちていく雨だれみたいな涙が、僕の足元にいびつな丸をいくつもいくつも作っている。
お父さんは、入ってきた時と同じように、頭を下げてくぐるようにして廊下に出て行った。ピタンパタンと大きなスリッパの音が、どんどん教室から遠ざかっていく。
「お・・・」
スリッパの音が小さくなって消えてしまっても、クラスは静まり返ったままだった。僕は、みんなが僕を食い入るように見つめているのを背中で感じていた。
「お父さん・・・」
僕は、まだお父さんと話しもしていない。せっかく会えたというのに、あの大きな手で頭もなでてもらってさえいないんだ。
お父さんと会って話したいという気持ちと、もうこんなクラスに、みんなの前にいたくないという気持ちが、僕の背中をポオンと押した。
僕は、力いっぱい振り返った。クラスのみんながビクンと反応して後退りをしたけれど、僕は気にも留めずに、お父さんの歩いていった方向に一目散に駆け出していった。
お父さん。お父さん。お父さん。
待ってよ、お父さん。
第6回「抱擁」へつづく
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